2013-02-18

最小国家論のバイブルをフランクに書評してみた

概説

『アナーキー・国家・ユートピア』って知ってる? ノージックっていうアメリカ人が書いた本なんだけど、ざっくり言うとリバタリアンたちのバイブル的な存在。リバタリアンってたまにTwitterのプロフィールに書いてる人とかいるからチラ見したことはあるかもね。リバタリアンっていうのは「小さな政府」支持者って思っとけばOK。

で、ノージックが言ってるのは、かなり小さな政府。無政府主義者ほどじゃないけど、ほぼ政府の仕事はないね。具体的には、「暴力・盗み・詐欺からの保護」と「契約の執行」だけ。これがノージックの主張。キレキレだよね。



要点

読みたかったら8章だけでいいよ。65ページ。小さい文字の注釈のとことか全部飛ばしていいし。軽いよ。分かりやすいし。前書きでノージック本人も一番分かりやすい章って言ってるしね。

で、なんで8章かっていうと、っていうか8章は何が書かれてるかって言うと、「他人を引きずり下ろすのはOKなのか」っていう話。これ、今の政策とかで言うと「再配分」の問題に繋がるのね。現代社会で再配分って重要な問題なんだよね。税金とかあがってるじゃん。でも再配分ってどうやって捉えればいいのか分かんないからこの本にヒントもらえばいいじゃん、みたいな。

なんか経済学で限界効用ってあるけど、あれとか直感的にああ分かるわ、ってなるじゃん。1万しかお金もってないときに10万になったら超嬉しい。でも100億が100億9万になっても、もうよう分からんってなる。同じ9万なのにね。幸せ度が違う。

で、ここからが謎なんだけど、だったら100億もってる人から1万しかもってない人にお金あげればいいじゃんみたいな話になってくる。これが所得再配分ね。でもさ、この最後の金持ちが貧乏人にお金上げればいいじゃんっていう話は微妙にほんとなのかなみたいなのがあるよね。なんか歪みっていうか、お金持ちから取ってもいいのっていう。どっかでデメリットあるんじゃないの、みたいな。

でさ、分かった。再配分はOK, で、それを国家がやるのがNGっていう話だった。再配分ってさっきの幸せの感じ方の話の他にも良い点があって、再配分したら治安よくなってみんなハッピーになるっていうのもあるんだよね。これ、金持ちが自ら進んで金バラ撒く動機になるわ。だってアメリカのゲーテッドコミュニティとか結局うまくいってないもん。社会の一部しかお金持ってない状況は長続きしないんだよね。

再配分とか理屈は分かるし合ってると思うんだけど、リバタリアンの人はなんでそれに反対してんだろうっていう謎だった部分がこれで明らかになったよね。リバタリアンは別に再配分がダメって言ってんじゃなくてそれを国家がやるのがダメって言ってたんだね。これはなるほど感あるよ。「あー、自分はお上信仰嫌いとか言っときながらここまでは徹底してなかったな」ってなる。結構自分の思考の振れ幅大きくなったんじゃないかな。

っていう感じ。ということで8章はおすすめ。ただ、8章はなにげに嫉妬とか搾取とか結構ドロドロしてて考えがまとまりにくいとことかも題材にしてくれてるんだけど、そこをサクっとどう考えればいいかみたいなところまではいってないかな。そこは残念ではあるんだけどね。



著者

ノージックの本はこれしか読んだことないんだけど、彼って一応哲学者ってことになってるんだね。読んでて全然そんなイメージないけど。竹田青嗣さんとかも哲学のジャンルで一番分かりやすい本書いてる人ってイメージがあるけど、彼もフランス文学の人だもんね。ずっと哲学やってますみたいな純粋培養の人とかよりも、ちょっと違う畑から来ましたみたいな人のほうが書いてることも分かりやすいし、結局本質ついたこと思いつけるのもそういう人なんだろうね。むしろ気づいたら哲学でしたこれ、みたいな。

で、別に書いてあることはそのまま実行するのは無理だよ。でも実行できないから意味ないのかって言うとそうでもないよね。今は無理だけどベストは一応こういうもんだよねっていうのが分かる。そこをシミュレーションしとくとなんかの選択のときにも、ベストに近いのはこっちだねっていうのが判断できるようになる。

そもそも僕らが生きてる社会が未完成なものだからしょうがないんだよね、それは。これはノージックも書いてるんだけど、小さい枠の中で完璧をつくろうとするんじゃなくて、未解決の問題へのヒントみたいなのを考えとくのは結構重要だと思うよ。



株式

ここでちょっと9章の話。いや、思考ぶっ飛んでておもろいから。別に読まなくてはいいと思うけど、おもろいから。ぶっ飛びっぷりがすがすがしいよ。っていうのは、ノージックが主張してる国家が実現したとして例えばマリワナ吸っていいかとかどうなってると思う? 株になってんの。

どういうことかっていうと、人がもってるいろんな権利を株式にして取引しちゃうわけ。もうこの時点でやばいよね。例えばマリワナとか薬物の場合は、薬事権っていう権利になっててそれを証券化して取引すんの。で、株だから株主総会でその権利をどうやって扱うか決めちゃうんだよね。正しいとかそういうの通り越してやばすぎてすがすがしいよね。

しかもさ、ちゃんと子どもどうすんのみたいな制度まで考えてあるわけ。「m人の株主が死にn人が成人に達している。m株は役員会議に戻ってきて廃棄される。そして社外にあるs株は各々一株を (s+n)/s に分割され、この端数部分が一緒になってn株となり、それが加入してくる若者に分配される」とか。

自由とかってまだ意思のない子どもどうすんのっていう問題が意外とやっかいで、そこまでちゃんと考えてるのは普通にすごいと思う。

っていう感じで脱線はここまで。こっから先はまた全部8章の内容とそっから思いついただけの話ね。



腐敗

っていうかね、この本でなるほどなって思うのは、国家が最小じゃないことからくるデメリットなんだよね。どういうことかっていうと、金持ちって権力持って国家操っちゃうから、最初から国家なんてなかったほうがよかったでしょっていうか、ほんとに最小限にしとかないとやばいよねっていう話。

これがもし企業なら話は違って、もちろんいろいろ邪魔はされるだろうけど最終的には市場で淘汰されるんだよね。でも、国家って暴力装置でもあるから、そこらへんを操られるともう自由に競争とかできなるなるわけ。これは困るよね、普通に。まあ程度の話にはなってくるんだけど。



中流

で、所得再配分なんだけど、国家がなぜこれを採用してるかっていうことも書いてあるんだよね。それは、中流の人たちを買収するため。

どういうことかって言うと、所得再配分ってイメージでは高所得者から低所得者にお金がいきますっていう感じだよね。でも実際は違って、中身を見てみると中流層が得して、弱者にはほんとに雀の涙的な利益しかなかったりするんだよね。これはほんとそのままに弱者にお金配ってる体を見せるためだけだから、実際には効果のあるお金は配られてないんだよね。その代わり中流の人は得する。

中流の人はボリュームゾーンだから金持ちはそこに反乱起こされると怖いんだよね。だから中流には便宜を図る。日本だと扶養控除とかあるじゃんね。これとかサラリーマン向けだからもろにボリュームゾーンの買収でしょ。

で、はい、それで再配分してますよっていうことにできる。金持ちは弱者にいってしまうお金は最小限にできてイエーイってなってる。政治家もこれで選挙勝てるようになるよね。まあもちろん金持ちがそんな簡単に国家操ってるわけじゃないでしょみたいなところが現実ではあるだろうけど、そういう陰謀論ともちょっと違うなるほどな仕組みはあるよねっていう話。

しかもこれ結局所得再配分を国家がやんなくても、民間でやるとこういう構造になっちゃうじゃんっていう突っ込みどころがある。でもたぶんそれでいいっていうか、そういうもんなんだと思う。所得再配分って。

でさ、現状いろんな国と比べても日本は1億人もいるわりには格差ないほうだとは思うよ、そりゃ。現状はかなりいいほうじゃん? でももう無理でしょ。もっとひどくなっていくよ。弱者とかどんどんどうしようもない状況になってくと思う。国はたすけてくれないよ。じゃあ、っていうのが次の話。



保険は政府の代わりにすらなる

8章の〈機会の不平等〉でふれられてて思ったんだけど、障害者とか病人とか孤児とか、そういう援助が必要な人たちを助ける仕組みってもっと民間で整えられそうだよね。っていうのも、まず弱者がどういうとき一番やばい状況に陥るかって、それは「みんながやばいときは弱者にしわ寄せが来る」っていう状況だと思う。もし仮にね、国家がそういう弱者をたすけないとして、そしたらNPOかなんかが、サポートして、それに寄付とかが集まってなりたっていくことになりそうじゃん。っていうか今でもそうなってるじゃん。でもさ、金融危機みたいなので、企業のCSRも、富豪の気まぐれも、ストップしたらやばいよね。一気に弱者は飢えちゃうかも。まさに「みんながやばいときは弱者にしわ寄せが来る」っていう状況。

この「みんながやばいときは弱者にしわ寄せが来る」っていう状況に対処する方法ってさ、別に弱者だから特別視する必要なくて、普通に保険のことじゃね? って思った。今でもNPOとかの資金の出どころとして日本財団とか、何とか基金とか、そういう組織が保険みたいな、まあ保険っていうか内閣府とかから出たお金をどうやって分配するか決めてるよね。でもさ、これってやっぱ税金の分配の話になっちゃってるから非効率なんだよね。保険って大数の法則が大事って言われてるけど、こういう基金とかは大数の法則にまで達してないんだと思う。

じゃあどうするかって、弱者じゃない人からもお金取ればいいんだよね。そんなの払うわけないじゃんって思うかもしれないけど、今は弱者じゃなくても今後そうなるかもしれないし、自分の子どももそうなるかもしれない。それってぶっちゃけすごい恐怖だし、なんで恐怖かって言うと結構なリスクがあるからだと思う。どういうリスクかって言うと、まさに弱者に転落して、他の人たちの都合で自分とか子どもとかの命とかが危機にさらされるっていうリスク。このリスクに対して保険を掛ける。これでいいじゃん。

でさ、えっ、じゃあもうそれ税金でいいじゃんってなりそうだよね。加入人数とかめっちゃ多くなりそうだし、それなら信用のおける国にやってもらえばいいみたいなね。でもそれはちょっと違って、国家には競争とかないからサービスが改善していかないし、選択肢も限られてきちゃう。だから民間で保険にすればいいんだよ。もちろん保険の月掛金とか医療保険とかよりは高くなるよ。でもこれは思考実験だから、その保険があるっていうことは、その分の税金が減るっていうことだからね。プラマイでいくとプラスになるよね。

そんな巨大な保険事業、民間にはできないでしょ潰れたらどうすんのって思うよね。けど、民間ってこういうところもしっかりしてて、「保険会社の保険」とかあるんだよね。イギリスのロイズとかが有名。ここまでいけば、子どもとか複数世代に渡って弱者の共済とか成り立ちそうだよね。もちろんいきなりはできないかもだけど、利用者が増えていけば経営が安定するのが保険の特性だし、サービスも改善されてどんどん良くなっていくよね。

これって本質的だと思うよ。だって例えば僕が障害児として生まれなかったのって運でしかないからね。その運ってリスクの裏返しだよね。だからそのリスクに対して保険掛ければいいじゃんね。今見て見ぬふりしてるの結構やばいからね。落ちたら負け。じゃあなんでそんな状況放置してんのっていう話になるけど、たぶんそこまで理解っていうか想像がいかないんだよね。何だかんだいろいろ忙しいし、みたいな。

まあこんな感じ。小泉政権とかセーフティネット整備しなかったのが悪かったとか言われてるけど、究極いけば今回の話しに落ち着くよね。おしまい。



アナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界

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