2013-07-18

例えばCというサービスがあったとしよう。いや、Cだと分かりにくいので Chatwork というサービスだったとしよう。

Chatwork にはなかなかクソな面があって、例えば iOS からメッセージを読み込もうとすると、僕の仏の顔がゆうに3回はリロードされるくらいの時間がかかる。


いや、そんな話がしたいんじゃない。


Chatwork にはもうひとつクソな面がある。それはプロフィール画像のアスペクト比がおかしくなるという問題だ。正方形の画像をアップロードしないと僕の顔は縦長になったり横長になったりする。これはなかなかにクソな仕様だ。


今どきのサービスで正方形じゃないプロフィール画像をアップロードしようとしてクロップさせてしてくれないなんてユーザエクスペリエンスとしては落第点とされてもおかしくはない。


だが悪くはない。別にサービスが使えないわけじゃない。

僕はこういう制約が好きだ。実はみんなだって好きだ。140文字までしかつぶやけないサービスを四六時中ながめまわしているマジキチも少なくない。


インターネットのサービスではこういう制約が多様な文化をはぐくむ。


たとえば、2ちゃんねるは1スレッドあたり1000まで書き込める。これは明らかに多すぎる。過剰なまでの余裕がある。

だから2ちゃんねるでは、冗長なコミュニケーションが看過されてきた。書き込み可能な文字数も多いのでアスキーアートも育まれた。


だから今日、友人に「お前なんで Chatwork のプロフィール画像クロップしないんだよ」と指摘されたとき、僕には実はこういう意図があったんだということを伝えた。

Chatwork の制約が生み出すおかしなアスペクト比のプロフィール画像たちが何か新たな文化を醸成するかもしれないのだ。

もしそうなればそれはとっても人間味あふれる光景だ。とてもほほえましい。


人間はめんどうくさがりな生き物だ。画像が歪んでいることに気づいてあとから修正するほどの労力をさけるほどの精神力は持ち合わせていない。

だから Chatwork に歪んだ顔が大量にならんでいるのはさながら狂気ではあるものの、実に味わい深い光景である。


そしてここまで褒めておいてなんだが Chatwork iOS 版はプロフィール画像のアスペクト比はおかしくなることはない。


@ymkjp